【現場の記憶】ガソリンスタンドと整備の仕事で学んだこと

学び

〜亀になり、さぼり、助け合い、嫌なヤツから学んだ5年間〜

「エンジン音で車種がわかるようになったんですよ」
この一言を言うと、たいてい驚かれます。

私は20代のころ、整備士の免許を取り、ガソリンスタンドで5年間働きながら、車の整備や灯油の配達、集金、時には雪で“亀”になったりもしました――。


■ あの頃は、体も心も鍛えられた

ガソリンスタンドは全身仕事

給油、洗車、窓拭き、タイヤ交換。とにかく動きっぱなしで、夏は灼熱、冬は極寒。特に雪の日のタイヤ交換は地獄。指がかじかみ、ボルトは緩まない、スパイクタイヤは重い。しかも1日に何十本も交換が入る。

道具は古く、インパクトレンチも空気が漏れるコンプレッサーも、頼りない相棒たち。でも、そんな環境が“力技”ではなく“コツ”を教えてくれた。

「亀」になった冬の記憶

雪国のガススタでよく聞いた言葉がある。
「あ、亀になったな」
スタックして動けなくなった状態を、なぜか「亀」と呼んでいた。四つん這いで空転してる姿が、たしかにっぽかったのかもしれない。

私も灯油の配達で何度か“亀”になった。助けられたこともあるが、助けたことの方が多かった。スコップとジャッキは冬場の必需品だった。


■ 整備の現場で知った重さと仕組み

大型ダンプのオイル交換は重労働

整備士の資格を持っていたので、スタンド裏の作業スペースでは簡単な整備も行っていた。
大型ダンプのエンジンオイル交換――これがまたキツい。運転席ごと「キャブチルト(キャビンを前に倒す)」するんだけど、当時は手動。重たくて、腰にくる作業だった。

今は電動でラクになってるらしいけど、当時は油まみれになりながら、ラチェットをガチャガチャ回していた。

タイヤの構造と「締め付け」の技術

当時はタイヤ交換もインパクトレンチでやっていたが、今は十字レンチトルクレンチで手作業に切り替えた。
この「締め付けの感覚」は体に染みついていて、おそらく他の誰よりも確かな自信がある。

トルクが足りなければ脱輪の危険、締めすぎればホイールを痛める――まさに力加減の世界。あの頃の現場で養った感覚は、今も私の手に残っている。


■ 人間関係も仕事だった

灯油配達と“適度な”サボり

冬場の灯油配達は、寒いし滑るし重い。けど、配達に出るとちょっとした“自由時間”ができる。まじめに配達を終えたあと、近所の駐車場で10分ほどエンジンかけてお茶するのが、ささやかなご褒美だった。

集金も回っていた

家庭用・業務用を問わず、灯油の集金にもよく行った。おばあちゃんからミカンをもらったり、世間話をしたり――ただの仕事じゃなく、“顔の見える仕事”だったのが今も記憶に残っている。


■ 鍵を投げた客と「若かった自分」に言いたいこと

今でも忘れない出来事がある。
ある客が、エンジンキーをわざと地面に投げた。私に拾わせるように。
そのときの私は、怒りもしなかった。ただ、
「なんかイヤだな」と思っただけだった。

無言で拾って、給油をした。

今の私なら――懲らしめてやるか、出禁にするだろう。
でも当時の私は、「嫌なヤツ」から離れようともしなかった。
言い返すことも、距離を取ることもできなかった。

いま思い出すのは、穐吉敏子さん(世界的なジャズピアニスト)の言葉。

「自分を雑に扱う人からは、すぐ離れなさい」
―『ジャズと生きる』(NHK出版)

また、野村克也さん(プロ野球監督・名言の宝庫)もこう言っていた。

「人間関係に疲れたら、無理に相手を変えようとせず、自分の場所を変えればいい」
―『野村の言葉』(宝島社)

若い頃は、そんな考え方も知らず、ただ“耐えること”が仕事だと思っていた。

でも今ならこう思う。
「イヤなヤツには、近づかなくていいんだよ」と。


■ 晩年、趣味になった“人間ウォッチング”の原点

不思議なもので、今は「人間ウォッチング」が趣味になった。
人の仕草、目線、声色、ちょっとした沈黙――そこにその人の人生がにじむのが面白い。

この感覚も、もしかしたらガソリンスタンドという“社会の縮図”のような現場で、
いろんな人に接した経験が育ててくれたのかもしれない。


■ あの5年間は、自分をつくった時間だった

サボったこともある。怒られたこともある。
でも――
スタンドと整備の現場で得た“勘”と“技術”は、今も私の中に残っている。

・車の音で異常に気づける耳
・客の態度の変化を察知できる目
・人に何かしてあげたいと思える心
・ボルトの締め加減ひとつにも確信を持てる感覚

そして――
「人間っておもしろいな」と思える感性。

あの時間は、ただの仕事ではなかった。
「自分をつくった一章」だったと思う。


【参考文献】と私のブログ

  • 穐吉敏子『ジャズと生きる』NHK出版(2018年)      
  • 野村克也『野村の言葉』宝島社(2010年) 
  •  『野村ノート』小学館文庫(2020年)         

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