〜日本人の“察する力”と「いい塩梅」の人間関係〜
定年後に夫婦で過ごす時間が増えてきて、こんなことを思うようになった。
私たち夫婦は、ほとんど喧嘩をしない。
だからこそ気づいたのかもしれない。
「白黒つけたがると、かえってしんどくなることもあるなあ」と。
小さなすれ違いがあったときでも、
「どっちが悪いか」をはっきりさせようとすると、
どうしても相手を責める空気が生まれる。
それよりも、
「まあ、どっちでもええか」
と流したほうが、心地よく過ごせることもある。
■ 白か黒かじゃなく、“グレー”でいいこともある
日本人は昔から、はっきり白黒つけるのを避けるところがある。
それを「曖昧だ」と言う人もいるけれど、
人間関係では、その“グレーゾーン”が役立つことも多い。
0か100ではなく、
「まあ50くらいで」
とおさめることで、
ケンカにならず、自然に落ち着くこともある。
■ 行間を読む文化、察するチカラ
日本語には、言葉にしなくても伝わる前提がある。
「ちょっと…ね」
「いや、別に…」
こうした短い言葉の“間”にある空気を読む。
相手の表情や声の調子、沈黙の意味を感じ取る。
それが、日本人の「察するチカラ」なのかもしれない。
■ 「いい塩梅にしてください」という言葉
終末期医療の現場で紹介された言葉。
「先生、いい塩梅でおねげえしやす」
完璧を求めるのではなく、
苦しみすぎず、ほどよく生きられるように。
この「いい塩梅」という感覚は、
人間関係にも通じる気がする。
言いすぎない。
押しすぎない。
我慢しすぎない。
お互いの“ちょうどいい”を探すこと。
■ 察するチカラは弱さじゃない
白黒つけないことは、逃げではない。
むしろ、大人の知恵なのかもしれない。
柔らかく、しなやかに、
ぶつからずにすっと交わす力。
世界が分断されがちな今こそ、
こうした感覚は大切なのかもしれない。
今日も田んぼ道を歩きながら思った。
「いい塩梅にしてくんない」
この言葉、しみじみといい。


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