チャンスじゃない。ただ、安い給料が嫌だったから動いた

価値観

「チャンスをつかめ」
「人生の分岐点を見逃すな」

世の中には、そんな言葉があふれている。

でも正直に言うと、
私は“チャンスをつかんだ”わけではない。

ただ――
安い給料が嫌だった。
それだけだ。


■ 噂を聞いて、すぐ動いた

ある日の休憩中。

「あの会社、ここに進出して人を募集してるらしいよ」

ただの噂話だった。
でも私は、すぐ動いた。

電話か、郵送か。
とにかく面接を申し込み、合格した。

いま思えば――
電光石火だった。

深く考えたわけじゃない。
将来設計もなかった。

ただ、
今よりマシになりたい
それだけだった。


■ いい会社だったか?…微妙だ

正直に言う。

入った会社は、
「最高の会社」ではなかった。

優秀な人もいた。
仕事の見本になる人もいた。

でも――
くそ社員も、普通にいた。

どこの組織にもいる。

仕事ができない人は多い。
人格に問題がある人は少ない。

私の感覚では、
仕事ができない人 → 5人に1人
人格が怪しい人 → 30人に1人

そんなものだ。


■ それでも、動いてよかった

前の会社は若く、
仕事の型も浅かった。

新しい会社には歴史があり、
やり方があり、基準があった。

その差は大きかった。

「こうやるのか」
「これが普通なのか」

そういう**“型”**を知れたことは、
あとから効いてきた。

給料だけじゃない。

働き方の基準が上がった。


■ チャンスだったのか?

わからない。

あれを「人生の分岐点」と言う人もいるだろう。
成功談にすれば、そう聞こえる。

でも本音は違う。

チャンスをつかんだわけじゃない。
ただ、
嫌だったから動いただけ。

深い意味も、覚悟もなかった。


■ 小さな行動が、人生を決めることもある

大きな夢じゃない。
立派な志でもない。

ただ、

  • 嫌だと思った
  • 変えたいと思った
  • だから動いた

それだけ。

でも結果として、
私はその会社で定年まで働いた。

人生なんて、そんなものかもしれない。


■ 成功談は、あとから作られる

成功した人は言う。

「あの時の決断が分岐だった」
「あれがチャンスだった」

でも多くは――
あとづけだ。

その瞬間は、
ただ必死に動いただけ。

意味づけは、後からつく。


■ 私にとっての答え

私は、
チャンスをつかんだ人間じゃない。

ただ、

安い給料が嫌だった。
通勤が遠くて嫌だった。
だから動いた。

それだけだ。

でも――

その一歩が、
結果として人生を決めた。


■ おわりに

もし今、
「なんとなく嫌だ」
「このままでいいのか」

そう感じているなら、
それは立派な理由だと思う。

大きな決断じゃなくていい。

ただ、少し動くだけでいい。

人生は、
チャンスで変わることもあるが、

違和感で動いた一歩で変わることもある。

私は、そうだった。

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