リットーミュージック社のトライマスター・シリーズでの『ノー・リプライ』のギブソンJ-160Eのコードストローク。この音に魅せられた。ギタリスト土屋潔氏の演奏が音もテクニックも素晴らしい。
ビートルズのジョン・レノンが使っていたことで知られる、ギブソンJ-160E。私もその憧れを胸に、1997年製の個体を手に入れた。だが、最初に弾いた時、ふと思った——「CDで聴いた“あの音”じゃない」
特に気になったのが、『ノー・リプライ』でのコードストローク。近い音ではあるけれど、どこか違う。深み、硬さ、空気感——なにかが足りない。ビートルズライブなど観てジョンレノンの160Eの弾き方は、ブリッジ付近で硬いべっ甲ピックで思い切りやっているようだ。
ビートルズの音は“加工されている”?
CDやレコードで聴くビートルズの音は、スタジオで録音・加工された音だ。ジョンやジョージがJ-160Eをアンプにつなぎ、エレクトリック・ギターのように扱っていたことも多い。
録音時にはEQ補正、コンプレッサー、マイクの距離や角度など、多くのスタジオ技術が使われていた。だから、私がアンプなしで弾いた音と違うのは、ある意味当然なのかもしれない。
音の差は“構造”にもある
私の1997年モデルと、ビートルズが使っていた1965年モデルには、こんな差がある。
- 木材が違う(当時はソリッドトップ、今は合板トップの可能性あり)
- ブレイシング構造が違う(鳴りに大きく影響)
- ブリッジの素材(1960年代はセラミック製のことが多い)
- 弦巻き(ペグ)やブリッジピンの仕様も異なる
つまり、ギターの個体差+録音技術+演奏環境が絡み合って、「あの音」はできているのだ。
特に注目したのが、当時使われていたセラミック・ブリッジ。私のギターにはもともとセラミック風の素材が使われていたが、本物のセラミックとは明らかに違う感触だった。そこで思い切って、セラミック製のブリッジに交換。
微妙だが、確かに音の芯が変わった気がした。少し硬質で、アタック感がはっきりする。あの時代の“カーン”というようなコードの響きに、一歩近づいたように感じる。
そして最近、こうも思うようになった。——やっぱり1965年製と同じ音は無理だ。
作り方も違えば、材料も違う。あきらめの気持ちもある。
それでも、近い音に出会う瞬間は確かにある。
たとえば、『ア・ハード・デイズ・ナイト』の冒頭のコード進行。
G → C → G → F → G というあの流れでの、最初のGコード。開放弦で鳴るD音とG音は、自分のJ-160Eでもかなり近い空気感が出ると感じる。完全な再現ではなくても、ふとした瞬間にあのカン、カーンの音と、あの時代の響きがよみがえることがある。(文字で表せられない)
弦10種類を比較、見えてきた“ジョンの音”
「弦を変えれば音も変わる」。それは事実だった。これまでに試した弦は以下の10種類:
- Gibson 900ml(エレキ弦:新品時には、この弦が張られているらしい。)
- Martin 80/20 ブロンズ
- D’Addario EJ16(フォスファー・ブロンズ)
- SAG J-200L
- GHS DD35
- GHS LJ30
- Everly 7312
- John Lennon Signature Strings
- John Pearse
- (その他マイナーブランド含む)
その中で、**最もジョン・レノンっぽさを感じたのは「Martinの80/20ブロンズ」**だった。新品よりも、少し使い込んでギラつきが落ち着いた頃がベスト。まさに“こなれた空気感”が出てくる。
悪い言い方だが弦が死んでる状態がギターの箱の音で生きるような。
他の弦もそれぞれ個性があり、フォスファーブロンズ系はきらびやか、GHSはややダーク、John Pearseは芯がしっかり——まるで別のギターのように響いた。
「Fat Finger」という秘密兵器とセミ密着スピーカー
さらに、**Groove Tubes社の”Fat Finger”(米国特許 4,840,102)**という小さな金属装置も試した。これはギターのヘッド(Gibsonのロゴ付近)にクランプして取り付け、弦の振動を安定させ、音のサスティン(伸び)を向上させるというもの。
これが意外にも効果的だった。特にローコードでのストローク時、音の粒がしっかりして、全体に落ち着きが出た。音は“揺れ”も魅力だが、“安定感”もまた大事だと気づかされた。
“密着スピーカー”でギターを鳴らすという発想
ちょっと変わった方法も試している。
吸盤式の「密着スピーカー」を使って、ビートルズの曲をギターに直接振動させて流す。いわばギターに音楽を“聞かせる”ことで、木材をエイジングさせて鳴りやすくする、という考え方。
これは都市伝説のようなものかもしれないが、弾き込むほどに音が変わるのは事実。
「楽器は育てるもの」——そんな言葉の意味が少しだけわかってきた気がする。
この発想の背景にあるもの
そもそも、こうして「音の違いを細かく分析して改善していく」この発想自体は、私が長年働いてきた製造業で培った考え方から来ている。
不良品が出たときに原因を突き止める「なぜなぜ分析」。
逆に、うまくいったときに「なぜ良かったのか」を明確にする要因分析。
ギターの音づくりも、それとまったく同じだと思った。
弦、ブリッジ、構造、そしてちょっとした金属の重りひとつでも、音がどう変わるかを見極めていく。それは、まさに職人気質の“試行錯誤”の連続だった。
まとめ:正解はない。でも、近づける
完全に“あの音”を再現するのは、おそらく無理だ。録音環境も、ギターも、演奏者も、時代も違う。
けれど、自分の耳と指先を信じて、あれこれ試す中で、確実に「近づく感覚」はある。その一音の変化に気づいたとき、ギターとの距離が縮まる。音楽と向き合う喜びが、そこにある。
ギブソンJ-160E。今ではただの“再現モデル”ではなく、“自分の音を探す相棒”になってくれている。
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