60代で町内会役員。人前が苦手だった私の奮闘記

気づき

順番で回ってくる役員というのは、断れない空気がある。そんなわけで私は、町内会の20人ほどの集まりで「議長」を務めることになった。

人前で話すのは、もともと得意ではない。むしろ、できれば避けて通りたい側の人間だ。年上の方も多い集まりで、「ちゃんと進められるだろうか」と、何度も考えた。

やるしかない。だから準備した

どうせやるなら、きちんとやろう。そう思い、まずは前の役員が残した資料を探すところから始めた。会場の予約・日時の調整・役員への根回し・会議の目的と議題の整理・回覧文の作成。一つずつ形にしていった。

回覧を作るのは意外と難しかった。前の役員の文面を参考にしながらも、新しいルールをどう書くかで何度も悩んだ。他の役員3人と、2〜3回すり合わせの打ち合わせもした。今思えば、あの作業はかなり勉強になった。

「伝わる文章」を考え続けた

回覧文を書くとき、何度も自分に問いかけた。「これで、何も知らない人が読んで理解できるか」

工夫したのは順番だった。まず前提を作る。なぜこのルールが必要なのか。その理由を先に示してから、「だからこうしましょう」と結論を置く。理由のない指示は人を動かさない——それは現場で何度も学んだことで、ここでも同じだった。

自分たちには当たり前でも、読む人には初めての情報かもしれない。言葉を足したり削ったり、曖昧な表現を直したり。あのときの「読み手を想像する癖」は、今こうしてブログを書くときにも役に立っている。

話し始めたら、普通にできていた

当日は、最初こそ緊張した。声が少し上ずったかもしれない。

でも話し始めると、落ち着いていた。議題を一つ終えるたびに「次は○○です」と進められた。年上の方が「うん、うん」とうなずいてくれているのが見えた。それで十分だった。

完璧ではなかった。それでも会議は終わった。会議が終わったあと、誰も何も言わなかったような気がする。終わったとき思ったのは「やってみたら、意外とできた」——この感覚だけだった。

小さな成功が、自信になる

この経験で気づいたことがある。自信は、突然生まれるものではない。準備して、やってみて、終わる。その積み重ねで、少しずつ育つものだ。

人前で話すのが苦手でも、準備すれば何とかなる。やり切ったという事実が、次の自分を少し強くする。スポーツの世界では「勝ち癖」と言うらしいが、私はこれを日常の中でも起きると思っている。

そして今、思うこと

今でも、人前で話すのが得意とは言えない。でも、以前ほど構えることはなくなった。あのときの経験が「やればできるかもしれない」という感覚を残してくれたからだ。

自信は、準備の先にある。それは特別な場面ではなく、町内会の議長みたいな、日常のちょっとした場面で育っていくものだと思う。

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