──余計な一言が招く距離と、あえて黙る力
「それ、前にも言ったでしょ」
「そんなことしなくていいってば」
……言わなきゃよかった。
口にしてから後悔することは、意外と多い。
若いころの私は、何も考えずに思ったことをそのまま口にする人間だった。
小学生のころから高校生くらいまで、ズケズケ言っていたと思う。
今振り返れば、ずいぶん嫌われていたのかもしれない。
そのころは、「言って何が悪い」と本気で思っていた。
転機は、客商売の仕事をするようになってからだった。
言葉ひとつで空気が変わる。
言い方ひとつで関係が変わる。
その現実の中で、私は少しずつ覚えた。
言う前に、考える。
「これ、言っていいことか?」
そう自分に問いながら話すようになった。
少しは利口になったのか。
それとも、世渡りがうまくなったのか。
よく分からないが、確かに変わった。
今では、言いたいことがあっても、あえて黙ることが増えた。
黙るのは、逃げではない。
言わないことを選ぶ、という行為だ。
昔、「良かれと思って」口を出したことがある。
頼まれてもいないのに、先回りして動いたこともある。
でもそれは、相手のためではなく、
自分が納得したかっただけだったのかもしれない。
たとえば、妻が片付けようとしていた机の上を、
私が先にきれいにしたことがある。
親切のつもりだった。
でも返ってきた言葉は、
「私がやろうとしてたのに。勝手に触らないで」だった。
そのとき初めて気づいた。
親切は、ときどき“余計なお世話”になる。
黙ることで、相手の自尊心は守られる。
任せることは、信じることでもある。
言葉は関係を近づけることもあるが、
壊すことのほうが、ずっと簡単だ。
「黙ること」は負けではない。
むしろ、大人になって身についた技術のようなものだと思う。
言いたいことがあっても、すぐには言わない。
“今”言うべきかを、ほんの少しだけ考える。
それだけで、人間関係はずいぶん穏やかになる。
最近、そう思うようになった。

コメント