「どうやって“思いっきり”を使うのかを、教えてくれた人はいなかった」世界。鳥谷敬、長嶋茂雄、そして自分の経験から

価値観

「思いっきり振れ!」「全力で走れ!」――
スポーツの現場では、よく耳にする言葉だ。
阪神タイガースの元主将・鳥谷敬さんも、現役時代に何度となくそう言われてきたという。
だが、彼は後にこう語っている。

「どうやって“思いっきり”を使うのか、教えてくれた人はいなかった」

その言葉に、私は強く共感した。
自分の経験を振り返っても、「具体的にどうすればいいのか」を教えてもらった記憶はあまりない。
仕事でも部活でも、「もっと頑張れ」「気合だ」と言われることはあっても、
“頑張り方”や“力の抜き方”を教わったことはほとんどなかったように思う。


■ 一流選手も悩む「言葉の壁」

鳥谷さんは、現役を終えたあと「解説していても言葉で表現するのが難しい」と打ち明けている。
それは、感覚の世界で生きてきた人ほど直面する“言葉の壁”だろう。
体が覚えている動きを、頭で整理して他人に伝える――
それは、楽器を弾けない人に音の響きを説明するような難しさがある。

実はこの“感覚の伝達”に関して、もう一つ印象的な話がある。
長嶋茂雄さんが、アメリカでスランプに陥った松井秀喜さんに電話をかけ、
受話器越しに素振りの音を聞いてフォームを直したという逸話だ。
音を聞くだけでスイングの状態を見抜く――まるで感覚の共鳴だ。
理屈ではなく、「シュッ」「バシッ」という音と擬音で通じ合える世界。
その領域には、言葉を超えた理解があるのだと思う。


■ 言葉よりも、感じ取る力

考えてみれば、私たちの身の回りにも同じことがある。
上司や先生の言葉よりも、「背中を見て覚えた」ことのほうが多かった。
あのとき、どうすればよかったのか――と今になって思う。
もしあの頃、誰かが「思いっきり」の中身を丁寧に教えてくれていたら、
もう少し早く自分の“力の使い方”をつかめていたかもしれない。
けれど、同時にこうも思う。
言葉で教えてもらえなかったからこそ、
「どうすればいいのか」を自分なりに考え続ける習慣がついたのだと。


■ 言葉では伝わらないけれど、伝わっていくもの

鳥谷敬も、長嶋茂雄も、そして私たちも。
誰もが“言葉では伝えきれない世界”の中で生きている。
でも、そこで感じた違和感や戸惑いが、
いつか他人を理解するための力になるのかもしれない。

“思いっきり”とは、がむしゃらな力ではなく、
自分の中で積み重ねた準備と感覚の集大成。
それを言葉にするのは難しい。
だからこそ、伝えようとする姿勢そのものが、
いちばん大切なメッセージなのだと思う。

分からないものは、分からない。
けれど、分からないままに感じ取ろうとする中で、
なぜか“分かるような気がする”瞬間がある。
理屈では説明できないけれど、確かに伝わる。
その曖昧な境界にこそ、人が人を理解する“本当の入口”があるのだと思う。

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