先日、ある説明会に参加したときのこと。
国勢調査の説明会だったのですが、正直──司会や進め方があまりにも下手だと感じました。
話の流れが定まらず、肝心なところで空気が止まる。
見ていて「私ならこうやるのに」と思う場面が何度もありました。
そのとき、ふと気づきました。
会議は“空気の読み方”ひとつで、まったく違う場になる。
会議にはそれぞれの“空気”がある
会議といっても、目的はひとつではありません。
そして目的が違えば、求められる“空気の読み方”も変わります。
議論が止まりかけたとき、あえて流れを壊す一言が必要な場もある。
逆に、意見が出にくい場では、空気を整える人がいるだけで流れが生まれることもある。
空気を読むことが正しいわけでも、読まないことが正しいわけでもない。
その場に合った“読み方”があるだけです。
「読む力」と「読まない勇気」
空気を読むとは、人の気持ちを察し、場を整えること。
空気を読まないとは、流れに流されず、必要な一言を出すこと。
どちらか一方では足りません。
大切なのは、「いつ、どの程度読むか」というバランス。
場を見て、スイッチを切り替える。
それが会議を前に進める力なのだと思います。
主催・司会・幹事、それぞれの立ち位置
主催者は、会議の軸を決める人。
司会者は、流れをつくる人。
幹事は、場を支える人。
どれが上でも下でもなく、役割が違うだけ。
誰か一人では、場はうまく回りません。
自分を振り返って
私はどちらかというと、空気を読みすぎてしまうタイプです。
強く引っ張る司会は得意ではありません。
でも、人の話を丁寧に聞き、場を落ち着かせることならできる気がします。
空気を読むことも力。
空気を読まないことも勇気。
どちらが正しいではなく、どう使うか。
最近は、そんなふうに思うようになりました。
おわりに
会議を動かすのは、正論でも声の大きさでもない。
その場に合った“空気の読み方”なのかもしれません。
読むか、読まないか。
どちらを選ぶかで、場の流れは静かに変わる。
そんなことを、あの日の説明会で感じました。


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