「ま、いっか」で心が軽くなる。考えすぎる大人こそ救われる言葉

価値観

■「ま、いっか」という言葉が救いになるときがある

価値観についてのブログを書いていたとき、ふと頭に浮かんだ言葉がある。
それが、「ま、いっか」。

一見すると諦めのように見えるけれど、この一言が心を軽くしてくれるときがある。
私は昔から、どうしても考え込みやすいタイプだ。
「きちんとやらなければ」「間違えてはいけない」と、自分を追い込んできたところがある。

そんな私にとって、「ま、いっか」という一言が、年齢を重ねるほど大切になってきた。


■ゲッターズ飯田さんが語る「ま、いっか」のすすめ

占い師のゲッターズ飯田さんが、

「考えすぎる人ほど、“ま、いっか”と言えるようになると楽になる」

という話をしていたのを覚えている。

・他人の期待に振り回される
・責任感が強すぎる
・自分を責めがち
・正解を求めすぎる

こういうタイプの人は、“ま、いっか”という一言で、心の荷物がひとつ降りるのだと。

これは妥協でも手抜きでもなく、むしろ“心の休憩”だと私は思う。
いったん思考を保留にすることで、悩みの渦から抜け出せる瞬間がある。


■「ま、いっか」は“手放す技術”

私は長年の仕事で、
「結論から」「正しい情報」「常に三案」
といった厳しい文化の中にいた。

真面目にやればやるほど、肩に力が入る。
すべてを完璧にしようとするあまり、息が詰まることもあった。

そんな時期に、「ま、いっか」とつぶやくだけで、不思議と視界が広がる瞬間があった。

・完璧を求めすぎない
・今日はここまでで十分
・一旦置いておく
・気にしすぎをやめる

こう思えるだけで、心の余白が増える。


■「100点取らんでいい。80点ならほぼ満点。50点でもいいんでねーか」

最近とくに思うのは、
“100点を取らなくていい” ということだ。

80点なら、それで十分すぎる。
もっと言えば、人生なんて50点のときだってあっていい。

若いころは、100点を目指して突っ走ることが正しいと思っていた。
でも今思えば、100点を求めていたのは、だれかの基準に合わせようとしていたからだ。

定年を迎えたいま、ようやく自然に思える。

100点じゃなくていい。
80点でほぼ満点。
50点の自分だって、人間味があっていい。

この考え方は、「ま、いっか」という言葉ともつながっている。
完璧に生きようとしなくていい。力を抜いていい。
そう思えると、心にふっと温かい空気が流れる。


■「大事なことは100点でいい。でも、それ以外は100点じゃなくていい」

もちろん、誤解してはいけない部分もある。

お金をもらう仕事は100点でなければいけない。
あるいは100点に限りなく近くなければいけない。

人から対価をいただく以上、そこには責任がある。
手を抜いていいはずがないし、プロとしての誇りもある。

ただ──ふと気づく。

大事なこと以外は、べつに100点じゃなくていいんじゃないか?

日常の細かいことや、どうでもいいこだわり、
他人から見れば取るに足らない悩みごと。
そんなものまで100点を目指していたら、人生が苦しくなる。

だからこそ思う。

大事なことだけ100点に近づければいい。
それ以外は、80点で十分。
50点でも、まったく問題ない。

そのくらいのほうが、人生は少し楽しくなる。
力を抜ける場所があっていい。
完璧じゃない自分を許せるようになる。


■自分を楽にするための“魔法の言葉”

年齢を重ねるほど、気づかされることがある。
それは、大人にこそ“ま、いっか”が必要だということ。

がむしゃらに頑張る時期は若いうちにあっていい。
でも人生の後半は、
“どう心を軽くして生きるか”
が大事になってくる。

他人の評価に合わせ続けていたら、人生は重くなるだけだ。

「ま、いっか」
「今日はこれでよし」
「100点じゃなくていい」

この三つの言葉は、私にとって心の負担を減らす“魔法の言葉”になっている。


■まとめ:力を抜いて生きるために

「ま、いっか」は諦めでも逃げでもない。
むしろ、心を守るための賢い選択だ。

完璧じゃなくていい。
80点で十分。
50点ならそれでよし。

そんなふうに思えるだけで、毎日が少し生きやすくなる。

これからの人生も、肩の力をすこし抜きながら、
ときどき「ま、いっか」と言って、心を休ませていきたい。

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