子供のころ、ペットボトルなんてなかった。
牛乳は瓶、コーラも瓶。紙パックの牛乳を見たのは、たしか1980年ごろだったと思う。
当時は、海に落ちているコーラ瓶を拾って店に持っていくと10円もらえた。
それを握りしめて、また瓶のコーラを買う。
久しぶりに瓶のコーラを飲んだとき、思わず「うまい!」と声が出た。
あの感覚は、ただの懐かしさではなく、容器そのものが味を変えているのだと今では思う。
1970〜80年代、容器が変わった時代
1970年代はまだ「瓶の時代」だった。
牛乳は学校でもガラス瓶、日本酒や焼酎も瓶が主流だった。
1980年ごろになると、紙パックが登場し始め、1982年あたりからペットボトル飲料が出回るようになる。
そのころから、「あれ?味が違う」と感じる人が少しずつ増えていった。
当時はまだ知らなかったが、味の違いにはちゃんと科学的な理由がある。
瓶がおいしい科学的理由
1. 無味無臭の素材
ガラス瓶は化学的に安定していて、飲み物に何も移らない。
プラスチックや紙パックはわずかに香味成分を吸着・透過するため、風味が変わることがある。
2. 炭酸の保持力
ガラス瓶は気密性が高く、二酸化炭素が抜けにくい。
だからコーラやビールは瓶の方が炭酸が長持ちし、シュワッとした爽快感が強い。
3. 口当たりの違い
瓶の飲み口は冷たく滑らかで、口に当たる感触も心地いい。
この“冷たいガラスの触感”が、味覚にも心理的に「おいしい」と感じさせる要素になる。
紙パック・ペットボトルの課題
紙パックは内側がポリエチレンでコーティングされているが、においの移りやすさが欠点だ。
冷蔵庫の中のにおいが移ったり、空気を通しやすいため風味が変化しやすい。
ペットボトルも同様に、長時間保存するとわずかに炭酸が抜けていく。
つまり、「瓶がうまい」と感じるのは、単なる懐かしさではなく、素材そのものの特性に由来しているのだ。
ストローと味の関係
そういえば、ストローでも味が変わる。
プラスチックのストローは独特のにおいがあり、それを通して飲むと牛乳の香りが鈍くなる。
さらに最近は環境配慮で紙ストローが増えたが、これがまた紙のにおいを強調してしまう。
結果として、「ストロー × 紙パック=よりまずい」。
子供が「牛乳はまずい」と感じるのも、実は味ではなく容器と飲み方の組み合わせが原因かもしれない。
味覚って、こんなにも環境に左右されるものなのだ。
味覚の記憶と心理
人間の味覚は、舌だけでなく“記憶”でも感じている。
瓶コーラを飲んだ瞬間に「うまい!」と思うのは、ガラス越しに見た気泡の輝き、
栓を開けた瞬間の「プシュッ」という音、そして当時の夏の空気まで思い出すからだ。
紙パックの牛乳しか知らない子供が「牛乳はまずい」と感じるのも、
香りや飲み方(ストローなど)を含めた体験の違いが大きい。
味覚は、記憶と五感がつくる総合的な感覚なのだ。
🍱おまけの豆知識:缶の味はどうなの?
缶飲料も長く親しまれてきたが、もともと缶という技術は飲み物のために生まれたものではない。
起源は19世紀初頭のヨーロッパ。
戦場や航海で食料を保存するために、魚や果物、肉などを長期間保存できるようにしたのが缶詰技術の始まりだった。
その後、技術が進化してようやく飲み物にも応用されるようになったが、
基本設計は「密閉・保存」を目的としており、「香りや風味を活かす」ための構造ではなかった。
だからこそ、瓶と比べると「なんとなく違う」と感じるのだろう。
いまでは缶コーヒーや缶ビールなど、缶特有の味わいが好まれるようにもなったが、
缶のルーツは“食べ物を守るため”の技術だったというのは、ちょっと面白い事実だ。
まとめ:あの「うまい!」は科学と記憶の共演
瓶のコーラや瓶の牛乳がおいしく感じるのは、
単に昔が良かったというノスタルジーではなく、理にかなった理由がある。
- ガラス瓶は無味無臭で気密性が高い
- 紙パックやペットボトルはわずかに香味を変える
- 味覚の記憶が「おいしい」という感情を呼び起こす
いまでも、たまに——いや、まれに温泉などへ行くと瓶コーラを見かけることがある。
迷わず買う。飲む。
あの冷たくて、ガラス越しに光る泡を見ただけで、もう心が少し若返る。
そういえば、子供にも飲ませたことがある。
一口飲んで、同じように「うまい!」と言っていた。
あの瞬間、世代を越えて“味の記憶”がつながった気がした。


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