ある日、知人から連絡があった。
市の仕事でシルバー人材センターでの人手が足りないらしく、「どうだ」と声をかけてもらった。
最初は、まあ悪くない話だなと思っていた。
夕方17時から朝6時。
それを月に10回ほどらしい。
単純に考えれば、1日1万円。
10日で10万円か——。
正直、金は欲しいな。
でも、ふと考えた。
夕方は、風呂に入ってビールを飲む時間だ。
妻と夕飯を食べながら、何気ない話をする時間でもある。
この40年、
ずっと仕事、仕事、仕事で生きてきた。
だからこそ今、
その時間を手放してまで働くのか——と考えた。
さらに言えば、
もう人に使われるのも、使うのも、正直しんどい。
価値観の合わない人と関わるのは、なおさらだ。
そう思ったとき、
自分の中で、答えはほぼ決まっていた。
後日、説明会に参加した。
実際の話を聞いてみて、やはり自分には合わないと感じた。
その場では登録せず、家に帰ってもう一度考えた。
そして最終的に、断ることにした。
知人には、正直少し気を使った。
ここまで声をかけてもらった以上、無下にはできないと思った。
それでも——
最後に選んだのは、自分の気持ちだった。
電話をすると、
「そうか、わかった」とあっさり承諾してもらえた。
電話を切ったあと、
少しホッとした自分がいた。
この知人は、昔から仕事中心の人だった。
家庭よりも仕事を優先するのが当たり前、という時代を生きてきた人だと思う。
だからこそ、
「まだ働けるなら働くのが当然だろう」
そんな感覚が、今もどこかにあるのかもしれない。
それを否定するつもりはない。
その時代には、その考え方があったのだと思う。
ただ、
今の自分の価値観とは、少し違っていた。
話している感じは、以前より少し丸くなっていた。
それでも根っこの部分は、あまり変わっていないようにも感じた。
お金がどうしても足りないなら、
やるという選択もあるのだろう。
でも——
今は、そこまでして働きたいとは思えない。
もういいかな、と思っている。
断ることも、ひとつの選択だ。
66歳。
まだ働けるかどうかではなく、
どう生きたいかで決める年齢になったのかもしれない。

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