定年後66歳、まだ働くのか——仕事の誘いを断って気づいたこと

価値観

ある日、知人から連絡が入った。

市の仕事で、シルバー人材センターの人手が足りないらしい。「どうだ」と声をかけてもらった。

その人は元上司だ。結婚式では会社代表として出てもらい、祝辞まで頼んだ。世話になった人間から誘われると、最初から「断る」とは言いにくい。

条件を聞いてみると

夕方17時から朝6時。それを月に10回ほど。

単純計算で、1日1万円。10日で10万円か。

正直、金は欲しいな――とは思った。

でも、すぐに引っかかった。夕方17時は、俺にとって大事な時間だ。風呂に入って、ビールを飲む。妻と夕飯を食べながら、何気ない話をする。この40年、仕事、仕事、仕事で生きてきた。だからこそ今、その時間を手放してまで働くのかと思ったとき、答えはほぼ決まっていた。

それでも、元部長には「夜勤は嫌だ、もう仕事はいい」と布石は打っておいた。それなのに「まあそう言わんで、聞くだけ聞いてくれ」と、少し強引に説明会へ引っ張られた。

説明会に参加した

会場に着くと、役場のお姉さんが一人で説明をしてくれた。参加者は俺ともう一人、たったの2人だ。

その場の空気を見て、「やっぱり違う」という確信が固まった。

お姉さんは2人しかいないのに、一生懸命説明してくれた。その姿勢は悪くなかった。ただ、内容を聞くほどに、自分には合わないとはっきりしていった。

講習らしき教育が頻繁にあるらしい。複数人で動くことが多く、コミュニケーションが当然求められる。

仕事でのコミュニケーションは、もう疲れた。価値観の合わない人間と関わるのはなおさらだ。頭ではなく、体がそう言っていた。その場では登録せず、家に帰ってもう一度考えた。そして断ることに決めた。

電話一本、かけた

元上司への電話は、正直気を使った。結婚式の祝辞まで頼んだ人間だ。無下にはできない。

しかも「聞くだけ聞いてくれ」と言われて説明会まで行った。そこまでしておいて断るのは、義理を欠くかもしれない。そう思う自分もいた。

それでも最後に選んだのは、自分の気持ちだった。

電話すると、「そうか、わかった」とあっさりしたものだった。拍子抜けするくらい、あっさりだった。それでいい。

受話器を置いたあと、義理を果たさなければという、半ば強制のような重さから解き放たれた感覚があった。

断ることも、ひとつの選択だ

後悔はない。早く忘れたいくらいだ。

もしお金がどうしても足りないなら、やるという選択もあるだろう。でも今は、そこまでして働きたいとは思えない。

66歳。まだ働けるかどうかではなく、どう生きたいかで決める年齢になったのだと思う。誰かの都合ではなく、自分の残り時間の使い方を、自分で選ぶ。

断ることも、立派な選択だ。

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