66歳、今もカッターで鉛筆を削っている――刃物と暮らした時間

価値観

家の草刈りは、今も自分でやっている。

使っているのは、ノコギリ鎌だ。刃にギザギザの細かい歯がついていて、引くと草がスッと切れる。電動の刈払機も売っているが、家のまわりの細かい場所には、これが一番手に馴染む。

草を刈りながら、いつも一つだけ意識していることがある。

「手元が狂って、自分の指を切らないように」

刃の進む先に、自分の左手はないか。引く瞬間の力加減はどうか。当たり前のことだが、これが一瞬でも抜けると、指を持っていかれる。

若い頃に身につけた感覚が、66歳になった今も手の中で生きている。


鎌で覚えた、手の影の話

子供の頃、母親の実家で稲刈りを手伝ったことがある。小学校6年生くらいだった。

大人に教わったのは、こうだった。

「稲を順手で持て。逆に持つと、手の影で刃先が見えなくなって危ない」

影で手元が見えなくなると、鎌がどこに当たるか分からない。だから順手で持つ。実感のこもった教えだった。

理屈ではなく、体で覚える教えだ。


カミソリで鉛筆を削った時代

子供の頃、家には鉛筆削り器なんてなかった。

母親が使っていたカミソリを借りて、鉛筆を削っていた。よく手を切った。カミソリの刃は薄くて鋭いから、軽く触れただけで血が出る。しかも血が止まりにくい。

「手を心臓より高く上げると、血が止まりやすい」

そう教わって、慌てて腕を上げた。腕を上げたまま、しばらくじっとしていた記憶が、今も残っている。


中学の版画と、彫刻刀の刃先

中学の版画の授業でも、刃物を扱った。

彫刻刀で版を彫るとき、必ず誰かが指を切った。教室のあちこちで絆創膏を巻く生徒がいた。

先生は繰り返し言っていた。

「版を押さえる手は、刃先の進む方向に置くな」

それでも怪我は減らなかった。みんな、痛い思いをしながら、刃物の扱い方を体に染み込ませていった。


今もカッターで鉛筆を削っている

定年を過ぎて66歳になった今も、鉛筆をカッターで削っている。

電動の鉛筆削り器を買えばいい。それは分かっている。だが、好きで、自分で削っている。

刃を入れる角度。木が削れていく感触。削り屑が机に落ちる音。

面倒といえば、面倒だ。でも、嫌いではない。

カッターの刃と、自分の指の距離を、今でも体が覚えている。



日常に隠れた刃物たち

考えてみれば、毎日のように刃物を使っている。

封書を開けるハサミ。爪切り。宅配の段ボールに貼られたテープを切るカッター。牛乳パックを解体するときのカッター。

そして時々、刃物以外で怪我をする。段ボールを片付けている最中に、段ボールの端で指を切る。紙の方が刃物より油断する分、傷が深くなることもある。

牛乳パックの解体で、一つ気づいたことがある。

切れなくなった刃は、すぐ折る。

切れないカッターは、無意識に力で押し切ろうとして、かえって危ない。刃を惜しむと、指を惜しむことになる。

これも、若い頃に体で覚えたことだ。


包丁だけは、握らない

ただ、ひとつだけ、手から遠ざけてきた刃物がある。

包丁だ。

食事を作らない。作らせてもらえなかった。やがて、作りたくなくなった。だから、包丁は持たない。持てない、と言った方が正確かもしれない。

ノコギリ鎌もカッターもハサミも握る。けれど、包丁だけは握らない。

それが66歳の自分と、刃物との距離だ。

便利な道具で育つということ

今の子供は、刃物に触れずに大人になることが珍しくない。鉛筆削り器は電動で、削りすぎ防止のセンサーまでついている。子供用の安全な包丁も売っている。

危ないものに触れずに済む――それは、たしかに進歩なのだろう。

ただ、ふと思う。

便利な道具で育った子供たちは、いったい何を体で覚えていくのだろうか。

自分は、ノコギリ鎌とカッターと、子供の頃の血の記憶で、今もまだ刃物と一緒に暮らしている。

カミソリで鉛筆を削ったことがない世代に、刃物の感覚をどう伝えればいいのか、答えはまだ出ていない。