25歳のとき、工場(こうば)の社員教育で、ある研究所に送り出された。
経営研究所と呼ばれる場所だった。所長は戦争を経験した人で、訓練は厳しかった。
そこで叩き込まれた言葉が、三つある。
「結論から」
「正しい情報」
「常に三案」
話すときは結論から始めろ。情報は正しいものだけを使え。提案するときは必ず三案出せ。
この三つは、私の中に深く刻まれた。人生を変えたと言ってもいい。
40年、その教えで走ってきた
それから40年、製造の現場で働いた。
会議でも、報告でも、交渉でも、頭の中にはいつもあの三つの言葉があった。結論から話す。根拠を示す。選択肢を出す。
仕事に対しては、100点を求めた。プロとして、お金をもらう以上、手は抜けない。それは今でも変わらない考え方だ。
でも、機械は誤動作する
ただ、現場で40年やっていると、どうしても引っかかることがあった。
機械は誤動作する。材料にもばらつきがある。人にも調子の波がある。
それなのに「100%の品質を出せ」と言われる。
不良品は、誰も作りたくて作ってはいない。それでも出てしまうものがある。
「100%」を求めることと、「100%出せると思っているか」は違う。求めるのは仕事、出るかどうかは現場の事実。その間で、ずっとせめぎ合っていた。
ある時期、自分の元部下が年下の上司になった。その彼から「100%出せ」と詰められたことがある。
心の中で思った。「お前が現場にいた頃、誰がかばってやったと思ってるんだ」。
口には出さなかった。理不尽は理不尽として、飲み込んだ。
定年。会社に行かなくていい
そして、定年が来た。
朝の渋滞も、夕の渋滞も、もうない。雨の日の歩き通勤も、もうしなくていい。
風の強い日には、傘が壊れた。記憶にあるだけで、三回は壊した。
舗装の凸凹に水が溜まっていて、走り抜けるトラックに頭から泥水を浴びたことが、二回ある。
あれを、もうしなくていい。
会社に行かなくていい。
これだけで、肩から大きな何かが降りた。力が抜けるとは、こういうことか、と思った。
それでも、5時か6時に目が覚める
ところが、体が言うことを聞かない。
朝、目覚ましをかけなくても、5時か6時には目が覚める。長年染みついた習慣が、簡単には抜けない。
「なんだこれ」と、自分でも思う。
会社に行かなくていいのに、行こうとする時間に体が起きる。40年というのは、そういう時間なのだろう。
起きて、何をするか。洗濯機を回す。ゴミ出しの準備をする。会社員の頃から染みついた朝の作業を、定年後も律儀に続けている。
「100点でなくていい」と言えるようになった
定年を過ぎて、ようやく言えるようになった言葉がある。
「100点でなくていい」
「80点でほぼ満点」
「50点でもいいんでねーか」
若い頃は、こんな言葉を口にすることはなかった。100点を取ることが正義だと思っていた。
でも今は分かる。仕事は100点でなければいけない。でも、それ以外のことは、別に100点じゃなくていい。
掃除も、洗濯も、人付き合いも、趣味も、ぜんぶ100点を目指していたら、人生は重くなる。
大事なことだけ100点に近づけて、それ以外は「ま、いっか」と言えるくらいでいい。
そのくらいの方が、人生は少し楽になる。
ま、いっかと言えるまでに、40年かかった
40年、結論から話して、正しい情報を集めて、三案を考えてきた。
その律儀さが、今もまだ体に残っている。5時に目が覚めるのも、その名残だ。
それを、これからゆっくりほどいていく時間なのかもしれない。
100点でなくていい。
50点でもいいんでねーか。
そう思える日が増えてきた。

