仕事が目を作る——価値あるものに金を出せる人

違和感

昨日、久しぶりに旧い仲間と飯を食った。

社長になったやつと、部長まで上り詰めたやつ。俺は現場で40年過ごして、どこにも上らなかった。三者三様だ。

飯を食いながら、社長のやつの話を聞いていた。家の話、車の話、金の使い方の話。聞いているうちに「あれ、このやつ、賢い金の使い方をしているぞ」と思った。

エアコンの話から始まった

「エアコンはネットで本体を買って、取り付けだけ業者に頼む。電気屋で全部頼むより5万、7万安く上がる」と言う。

知っている人間は知っている話だ。でもこいつは実際にやっていた。知識じゃなく行動になっている。

家の断熱の話になった。「断熱の家、どうやって調べたんだ」と聞いたら即答が返ってきた。「長期優良住宅の認定基準があり、その項目の一つに断熱等級があります」と。

後でLINEで「等級5以上が真冬でも9〜10度を下回らない」と送ったら、「今は等級7とかある。最近の家の窓が小さいのもその為ですね」と返ってきた。

知識の深さが違う。

バイクとポルシェの話

車はポルシェを持っている。バイクも乗っている。

「リセールを考えて買ったのか」とは聞かなかった。でも結果的に、買ったときより高く売れている。

計算してたわけじゃないと思う。好きなものを選んだら、それがたまたまリセールの高いものだった——そう見える。

でも俺はそうは思わない。

「いいものを見分ける目」が仕事で養われて、それが趣味にも滲み出ているんだと思う。本人が意識しているかどうかは関係ない。目が育っているから、好みと価値が一致する。

購買・価格交渉20年

こいつのキャリアを思い出した。偉くなる前、生産管理や購買をやっていた。価格交渉、金の相場、仕入れのタイミング。そういう仕事を20年やってきた。

値段の裏側が見えるようになっていたはずだ。「これはなぜこの値段か」「どこで利益を取っているか」が分かる目。

エアコンが安く上がる仕組みも、ポルシェのリセールも、断熱等級の話も——全部同じ目で見ている。仕事が人間を作った、ということだと思う。

俺が現場で鍛えられたものと同じだ

俺は40年、製造の現場にいた。

原価が薄い工程を担当して、「能率を上げろ」と言われ続けた。理不尽だと思いながら、数字を追いかけた。そのうち「なぜこの原価でこの工程が回るのか」を考えるクセがついた。

フィールドが違うだけで、こいつがやっていたことと同じだ。仕事の現場が、人間の目を作る。

偉そうに言えた立場じゃない。俺も60過ぎてから、ようやく金の使い方を考え始めた一人だ。仕事で目が育っていたはずなのに、お金のことは別の話として切り離していた。気づくのが遅かった。

作為的だったりして

飯を食い終わってから、ふと思った。

バイクもポルシェも「リセールを考えて買った」とは思えない。でも結果的に全部繋がっている。偶然にしては出来過ぎだ。

作為的だったりして——本人に聞いたら笑って茶化すだろう。

それでいい。答えを言わない人間の方が、往々にして深いところで考えている。

仕事が人間を作る。

それだけのことだが、40年経ってから気づいた。