妻の運転、助手席の40年――感謝しかない

違和感

妻の運転は、独特だ。

座席をいちばん前まで動かす。足が短いわけでもないのに、なぜそうするのかわからない。すえぎりが多い。止まっているのにハンドルを切る。タイヤが心配になる。車間距離が短い。信号待ちでも前の車にくっついていく。スピードは出さない。安全運転といえばそうだが、ブレーキばかり踏んでいる。やたらしゃべる。うるさいくらいしゃべる。高速には乗りたがらない。

そんな運転の助手席に、40年乗ってきた。

諦めでも、信頼でも、愛情でもない

文句を言わずに乗り続けた理由を考えると、どれも違う。

諦めか。違う。信頼か。違う。愛情か。それも違う。

やりたくても、できなかった。やる余裕がなかった。仕事で飽和状態だった。

設備が丸ごと止まる。原因がわからない。設備技術の担当もお手上げだ。なのに前工程からの仕掛かりは止まらない。古い設備ばかりで、そういうことが多かった。上司がやるわけでもない。丸投げじゃねーか。現場の担当が一番苦労する。「言ってもしょうがない」と思いながら、どうにかする。それが仕事だった。

全神経が仕事のことに集中していた。12時間勤務。寝るのは0時、起きるのは6時。そんな生活で、人を面倒見る余裕なんてゼロだった。主導権はあるようで、なかった。

押し付けていたのも、一緒だな

助手席でガマンしていたのは俺だと思っていた。でも今になって気づく。

妻は、金の管理をしていた。子供の世話をしていた。義母とのやり取りをしていた。地域とのつながりも、学校との関係も、全部妻がやっていた。つもりはなかったが、全部任せていた。押し付けていたのも、一緒だ。ずっとわかっていた。でも、どうにもならなかった。仕事で飽和状態の人間に、余裕はない。

退職して、毎日家にいる

定年になって、毎日家にいるようになった。

妻は苦労話をほとんど言わない。何かの拍子に「ボソ」と言うことがある。ずっと、話す機会がなかったからだろう。

一つだけ、今でも覚えている話がある。会社の飲み会の帰り、電車で帰ると言った。ところが酔っ払って切符の買い方がわからない。そもそも電車にほとんど乗ったことがない。時間外で駅員もいない。しょうがなく、20キロ先から迎えに来てくれと電話した。妻は黙って来てくれた。「電車で帰るって言ってたじゃないか」「切符の買い方が…」「あいた口が塞がらない、ばか」で終わった。

誰に対しても声を荒げない。いいやつだ。そんなやつが、ずっと俺を支えてくれた。感謝しかない。

今は、くだらない話ばかりしている。テレビのニュースの話。近所の話。今日、何食べるんだという話。どこの家でもしているような話だ。

近所への買い物や病院の送り迎え、今は俺が運転することが増えた。運転席も、少しずつ選手交代しつつある。

40年、話す機会がなかった。仕事で飽和状態で、余裕がゼロだった。退職してやっとできるようになったのが、くだらない話だった。それでいい、と思っている。