散歩コースの途中に保育園がある。
川を挟んで二十メートルほどの距離だ。
そこを通ると、ときどき子どもたちの声が聞こえてくる。
「キャキャキャキャ!」
園庭を走り回っている声だ。
あまりに楽しそうで、思わず足を止めそうになる。
子どもたちは本当に楽しそうだ。
笑い声は止まらないし、顔もみんなニコニコしている。
その声を聞きながら、ふと思った。
子供は、なぜあんなに楽しそうなのだろう。
そう考えていたら、もう一つ思い出した。
よく考えてみれば、私も子どものころはそうだった。
授業中に黒板を見ていた記憶は、あまりない。
横の席。
前の席。
後ろの席。
誰かにちょっかいを出したり、いたずらをしたり。
とにかく落ち着きのない子どもだった。
先生から見れば、完全に要注意人物。
いわばブラックリストの常連である。
毎日のように叱られていた記憶がある。
しかも叱られても、
反省した記憶がほとんどない。
叱られて席に戻っても、しばらくするとまた始まる。
今思えば、なかなかのクソガキである。
当時の私は授業の邪魔をしているつもりもなかった。
ただ、面白いことをしているだけだった。
大人になると、そんなふうに笑うことは少なくなる。
仕事のこと。
家族のこと。
お金のこと。
健康のこと。
生きていくうちに、いろいろなものを背負っていく。
人生はもちろん悪いことばかりではない。
楽しいこともある。
でも、子どものころのように
キャキャキャと笑う時間は、だんだん減っていく。
私には散歩の習慣がある。
だいたい一時間弱、五千歩くらい。
楽しいわけではない。
それでも、なぜか続いている。
歩いていると、
空が青い。
風が心地よい。
遠くの山がきれいだ。
川の音がする。
ただそれだけのことだ。
散歩しているとき、頭は空っぽになることもある。
何かを考えていることもある。
どちらにしても、不思議と気持ちは落ち着く。
幼稚園児の楽しさは、
「キャキャキャキャ」と笑う楽しさだ。
大人の時間は、少し違う。
空を見て、
風を感じて、
「今日はいい天気だな」と思う。
それは子どもの楽しさとは違う。
でも、
悪くない時間だ。
保育園の前を通ると、また子どもたちの声が聞こえる。
「キャキャキャキャ!」
もちろん毎日ではない。
平日の、天気のいい日だけだ。
子どもたちは園庭で走り回り、
相変わらず楽しそうに笑っている。
その声を聞きながら、私はゆっくり歩く。
子どもほどではないが、
少しだけ荷物を下ろした気がする。
大人になって気づいたことがある。
人は大きくなると、
いろいろなものを背負って生きていく。
それでも散歩しているときくらいは、
その荷物を少しだけ地面に置いて歩ける。
そんな時間も、
人生には必要なのかもしれない。

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