成人した子供のスーツ選びに付き添って驚いた。「観察のプロ」たちの目はごまかせない

気づき

5年ほど前、成人した子供のスーツをつくるために一緒にお店へ行った。
「もう大人なんだから一人で行けばいいのに」と思わなくもなかったが、成人式や礼服の準備という節目でもある。親としては、やはり少し特別な気持ちになるものだ。

採寸の場面で、店員さんが子供の肩幅をそっと見た途端、こう言った。

「お客さん、野球やってました?」

思わず笑ってしまった。まさにその通り、学生時代はずっと野球部だったのだ。
店員さんによると、肩幅がしっかりしている人は、野球や水泳をやっていたケースが多いという。身体の特徴から過去の活動を読み取るその一言に、プロの“目”を感じた。


自分にも「目」がある

その瞬間、ふと自分のことを思い出した。
製造の現場にいた頃、基板を見ただけでだいたいのサイズを当てるのが得意だった。
「これは◯cm×◯cmくらいだな」と目測で言い当てると、大抵当たっていたものだ。毎日の積み重ねで、自然と“目が肥える”というのは、こういうことなのだと思う。

それに似た経験がもうひとつある。
昔、よく通っていたジーパン屋の親父さんは、私のウエストをひと目見ただけで「◯センチだね」と言い当ててしまう人だった。実際に測ってもほとんど誤差がない。長年、無数の人の体型を見てきた観察力が、その“目”を育てていたのだろう。

店員さんの肩幅に関する一言に驚きつつも、内心「わかるなぁ」とうなずいていた。
長年の経験から身につく“観察眼”というのは、業種を超えて共通するものがある。


靴屋・床屋・医療…職人たちの観察力

観察眼といえば、昔の靴屋さんを思い出す。
靴の減り方を見て「あなた、歩くとき右足に体重がかかってるね」とか「足の長さが微妙に違う」と、まるで医者のように言い当てるおじさんがいた。靴底は、歩き方や体の癖が少し現れる“手がかり”のようなものです。

床屋でも似たような経験がある。
髪質を触っただけで「あなたは髪が硬いから、短くすると立ってしまってセットが大変だね。でも、その髪ならハゲる心配はあまりないよ」と言われた。ひげの硬さからも髪質を見抜くなど、まさに経験の賜物だと感心した。

医療やリハビリの分野でも、観察力は重要な武器になる。
理学療法士は歩き方や姿勢を見て筋肉や関節の状態を判断し、心理士は表情や話し方から心の状態を読み取る。栄養士は体型や食生活のちょっとした癖を見逃さない。

それぞれの現場には、それぞれの“プロの目”がある。


観察される立場から、観察する立場へ

この日のスーツづくりでは、親として成人した子供に付き添う立場だった。
かつては、私が子供を観察し、導く側だったのに、今は店員さんや社会の人たちが彼を観察し、見立てていく。その様子を隣で見ていると、少し不思議な気分になった。

「付き合わされた」一日だったはずが、気づけば自分も“観察される側”になっていたのかもしれない。


おわりに:日常に潜む観察眼

スーツ屋の店員、ジーパン屋の親父、靴屋のおじさん、床屋の職人、医療の専門家…。
日常の中で出会う“観察のプロ”たちは、私たちが気づかない細部を見抜いている。
そして、私自身も知らず知らずのうちに“観察する側”の目を持っていた。

こうしたちょっとした場面にこそ、人生の面白さがある。
成人した子供と並んでスーツを選びながら、そんなことをふと感じた一日でした。

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