桑田真澄の就任会見の言葉が、なぜ引っかかったのか

違和感

正直に言うと、
50分の就任会見を全部聞くつもりはなかった。

でも、気がついたら最後まで聞いていた。
桑田真澄は、同じ言葉を何度も繰り返していた。

「サイエンス」
「バランス」
「リスペクト」

数えたわけじゃないが、少なくとも3回は言っていたと思う。


Wikipediaを覗くと、桑田についての話はそれなりに出てくる。
もちろん、あれが絶対の真実だとは思っていない。
ただ、「まるっきり嘘」とも思えなかった。

立ち止まったのは、新人時代のエピソードだった。

入団間もない新人時代から、
慣例を無視して投球後にアイシングを行い、
肘を守ることを優先していた。

新人でこれをやるのは、正直きつい。
自分だったら、たぶん空気を読んでやらないしできない。

でも、桑田はやった。

勇気というより、
優先順位が最初から違っていた
そんな感じがした。


さらに調べていくと、
「最初からじゃないか」と思う話が、高校時代にも出てくる。

暴力や体罰が当たり前と言われたPL学園で、
桑田は体罰を受けなかったことで知られている。
上級生によるいじめを止めたこともあったという。

「もうその辺にしてあげたら?」

そんな言い方で。

後輩からは「天使」と呼ばれていたらしい。

でも、これを
「優しい人だった」で終わらせると、
たぶん違う。


後に巨人でもチームメイトになる橋本清が、
打ち込まれてベンチで涙を流していたとき、
桑田はこう言ったという。

「オレだって、つらい練習なんかしたくない。
もしハシくらいの上背があったら、
もしキヨくらいの体格があったらと思う。
体の小さなオレが勝つには、
練習するしかないやろ」

暴力は使わない。
でも、基準は下げない。

片岡篤史の証言も印象的だ。
ミスをしたとき、桑田は優しくフォローしてくれた。
ただ、目は笑っていなかったという。

「手を上げてくれた方がやりやすい。
先輩の中で、桑田さんが一番恐かった」

恐さの正体は、
感情じゃなく、理屈だったんだと思う。


ここまで読んでいて、
なぜ自分が桑田の話に引っかかったのか、
少し分かった気がした。

中学の野球で、
一年生は玉拾い。
フリーバッティングのキャッチャーも一年生の役目だった。

突き指ばかりだった。
指の関節が伸びなくなったことがある。
たぶん骨折していたと思うが、そのままだ。

痛いと言えない空気があった。
言ったら終わり、みたいな空気。

野球なんか、
やらなきゃよかった。
今でも、ふとそう思う。


桑田が会見で繰り返していた
「サイエンス」「バランス」「リスペクト」という言葉は、
きれいごとには聞こえなかった。

あれはたぶん、
痛いと言っていい前提の言葉だ。

体の反応を無視しないこと。
無理を続けないこと。
人を壊さないこと。

自分が中学でやっていた野球とは、
まるで逆の世界だった。


アルビレックス新潟の
短期・中期・長期の目標をまとめたレジュメを見て、
感銘を受けたと桑田は言っていた。

あとから身につけた考え方というより、
昔から持っていたものを、
確認しただけのようにも見えた。

誰に教わったのかは分からない。
でも、環境に流されず、
「これは違う」と思ったことを、
ずっと選び続けてきた人なのかもしれない。


桑田真澄が正しいかどうかは、正直わからない。
野球界がどうあるべきかも、分からない。

ただ、
50分聞いてもブレなかった言葉と、
中学時代に感じたあの空気が、
自分の中で、はっきり対照になった。

それだけの話だ。

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