好きと得意は別物だった。40年働いて気づいた、向き不向きの正体

違和感

工場のラインに立っていると、向き不向きってやつがはっきり見える。
手が速い奴、目が鋭い奴、段取りがうまい奴。
好きかどうかより、できるかどうかが先に出る場所だ。

あるテニスのプロ選手の話を聞いたとき、そのことを思い出した。

好きだったのはサッカーだった

その選手、もともとサッカーが好きで、サッカー選手になりたかったらしい。
でも、うまくなれなかった。
しょうがなくテニスに転向した。テニスは得意だったから。

最初は「しょうがなく」だ。
それでもテニスでは自信があって、そのままプロになった。

好きと得意は、別の話だ。

教えてもらえない会社にいた

俺が若い頃に入った会社、社長が放置型だった。
「背中を見て覚えろ」「自分でやれ」という空気が全体に漂っていた。

教えてもらえないから、伸びない。
伸びないから、自信もつかない。
「ここにいても成長できない」と判断して、辞めた。

仕掛けがないと人は育たない

製造業には「チームで課題を解決する仕組み」がある。
上司が部下に課題を与えて、みんなで話し合いながら問題を片づけさせる。

問題が解決すれば会社も儲かる。部下は考える力がついて、上司との距離も縮まる。

仕掛けがあるから、育つ。
放置は「自立を促している」じゃなくて、ただの手抜きじゃねーか。

でも俺がいた職場じゃ、そんな仕組みは影も形もなかった。
課長にチクチク言い続けた。何年も。何も変わらなかった。

後になって知ったんだが、あの課長、部長が苦手で動けなかったらしい。
部長に直接言ったらすぐ話が通って、異動OKになったそうだ。

は? じゃあ最初からそこに言えばよかっただけじゃないか。
そんな仕組み、誰も教えてくれなかった。
今更おせーんだよ。

それに気づいたのは、40年も経ってからだ。製造現場に40年いた。向いていたかどうか、今でもわからない。定年間際になって、やっと仕事を変えてもらえた。そのとき初めて、「あ、こっちの方が少しマシかも」と思った。40年近くかかって、ようやくそれだ。

俺の方が浅はかだったかも

「伸びない」と感じて辞めた俺の判断が、正しかったのか。今になって思う。

当時の俺に、自分の向き不向きをちゃんと見抜く目があったかどうか、怪しいもんだ。そもそも「伸びない」と感じた原因が、本当に自分の向き不向きだったのか。それとも、仕掛けのない職場が問題だっただけなのか。若い頃の俺には、その二つを分けて考える頭がなかった。

一方で、40年同じ場所に居続けても、向いてるかどうかわからないまま終わることもある。早く出た俺が浅はかだったのか、ずっと流されてた方が損だったのか。どっちとも言い切れないのが、また面倒くさい。

ま、そういうもんかもな

好きと得意は違う。それがわかっても、得意なことに気づく機会さえ与えてもらえなかったら、話にならない。

あのプロ選手は、得意な方を選んでプロになった。
俺は伸びない場所を出た。
どちらの答えが正しかったかは、もう少し後にならないとわからない。

ま、いっか。そういうもんだろ、人生なんて。