定年後の暇は怖くない。退職する前から練習していた

違和感

1月20日が最後の出社日だった。退職日は3月20日付。年休が2ヶ月分残っていた。

「あ〜もう行かなくていいんだ」と思った。ほっとしたというか、なんて言ってみようもない感じだった。大きな感慨はなかった。退職の実感がない。これが正直なところだ。

退職した翌週も、その翌月も、「俺は退職した」という気持ちが湧いてこない。何かのスイッチが切り替わるわけでもなかった。朝起きて、お茶を淹れて、散歩に出る。それまでとほとんど変わらない。

2ヶ月、けっこう動いていた

年休消化の2ヶ月、暇を持て余した記憶がない。

家のことをいろいろやった。たまっていた片付け、不要品の処分、季節の入れ替え。普段なら週末に少しずつやることを、平日にまとめて片付けた。

町内会の役員をしていたから、次年度の役員決めの段取りもあった。誰に頼むか、どう引き継ぐか。電話したり、家を訪ねたり。これが意外と時間を食った。

仲間がお別れ会をしてくれた。知人の葬式にも行った。確定申告をやった。妻と買い物に行った。タイヤ交換もした。朝のドラマをゆっくり見た。会社員時代は録画してたまに見るくらいだったが、リアルタイムで見られる贅沢を初めて味わった。それなりに忙しい2ヶ月だった。

なんで実感がなかったか

たぶん、退職の何年も前から、会社の比重がジリジリ下がっていたからだ。

64、5歳のとき、年金を受け取り始めた。同時に正社員の交替勤務(夜勤あり)から、週3日・1日3時間のパートに切り替えた。会社にいる時間が一気に短くなった。

夜勤がなくなっただけで、生活はだいぶ楽になった。朝起きて夜寝る、当たり前の生活が戻ってきた。

そこから3年、パートで働いて、退職に至った。「会社が生活の中心」だった時期はとっくに終わっていた。だから1月20日に最後の出社をしても、何も変わらなかった。

40年、現場でやらされてきた

上司から来るのは「これだけは落とせない」という目標と枚数の指示だ。それ以外の段取りは現場に任された。メニューの組み方が悪ければ、生産は達成できない。毎日違うメニューを現場でこなしていた。「死んだよ」と思う日もあった。

やらされながら、頭も使わないといけない。40年というのはそういうことだ。

暇つぶしの練習をしてきた

パートに切り替えてから、いろんなことを「練習」してきた。

朝6:30に起きる習慣をつけた。最初はきつかった。それでも続けていたら、自然に目が覚めるようになった。

家事を自分の仕事にした。洗濯、掃除、風呂とトイレの掃除。それまで妻に任せていたことを、少しずつ自分でやるようになった。最初は風呂掃除一つに30分かかった。今は10分で終わる。

動画サイトでいろんな動画を見た。お金の話、生き方の話。今まで考えたこともなかったことを、毎日見ていた。ブログをやってみたい、とぼんやり思ったのもこの頃だ。

退職した日にいきなり「これから何をしようか」と考えても、何も浮かばないだろう。何年もかけて、ちょっとずつ準備していたから、今がある。

俺の方が浅はかだったかも

「定年後の不安」を語る人を見て、「練習してこなかったのか?」と思ったことがある。

でも考えてみると、誰も練習の仕方を教えてくれない。会社は退職の手続きなどは教えてくれるが、退職後の暮らし方は教えてくれない。本人が自分で気づくしかない。

俺もたまたま気づいただけだ。偉そうなことは言えないじゃねーか。

定年後の暇は突然来ない

定年後の暇は、ある日急に降ってくるんじゃない。何年も前からジリジリ近づいてくる。

気づいたときから、ちょっとずつ練習を始めればいい。家事を一つ覚える。会社以外で時間を使う場所を探す。それだけで、退職した日の実感はなくなる。

やらされる暇は、嫌だ。つまらない。暇なのにやらされているなら、こんな最悪なことはない。でも、やりたいことをやっていれば、時間がいくらあっても足りない。今の俺がそうだ。やりたいことが多すぎて、時間が足りない。

俺は1月20日に最後の出社をして、特別な感慨はなかった。「あ〜もう行かなくていいんだ」だけだった。これでよかったと思っている。

ま、それだけのことだが。