私は製造現場で長く働いてきたが、いまでも忘れられない瞬間がある。型番違い――見た目は似ているが、条件が全く違う製品。新旧の型番が混在する複雑な流れの中で、私は思い込みで旧条件のまま作業してしまった。
途中で気づいた。顔面蒼白、心臓がバクバクした。「やってしまった」と。
幸い、その工程では共通条件があり大事には至らなかった。だが、あの瞬間の感覚は今も体に残っている。ベテランだから大丈夫、ではない。むしろ慣れたころが一番危ない。何年やっていても、思い込みは消えない。それをあの日、骨の髄まで理解した。
なぜ起きるのか。いくら気をつけても、人は思い込む。「前回と同じはずだ」「この流れならこうなる」——無意識の判断が、見落としを生む。これは永遠のテーマだと思っている。
ごまかさない。隠せない。
もし不良を出したらどうするか。私は必ず自己申告してきた。ごまかしは通用しないし、あとで必ずバレる。それに、隠したままでは原因を潰せない。同じミスが別の誰かに繰り返される。
不良は悪ではない。問題は「なぜ起きたか」だ。
人が悪いのか。注意不足か。経験不足か。
――違うと教えてくれた人がいた。
静かな上司の言葉
若い頃、数少ない中で尊敬に値する上司が一人いた。年下だったが、静かな人だった。
その人は言った。
不良は出る。人は必ずミスをする。だから、人を責めるな。仕組みを直せ。
この言葉は衝撃だった。
それまでの私は、「気をつける」「注意する」「確認する」――すべて”人”に頼る考えだった。
でも違った。
人は思い込む。慣れる。省略する。疲れる。
だからミスは消えない。
ミスを減らすのは、人ではなく仕組み。
現場で学んだこと
不良が出たとき、私は皆に聞いた。
どうやって防いでいるか
どこで間違えやすいか
気をつけている工夫は何か
すると、現場には必ず「知恵」があった。ベテランが無意識にやっている確認の癖、新人が引っかかりやすいポイント。それを言葉にして共有するだけで、仕組みが少し強くなる。
不良ゼロにはならない。でも、減らすことはできる。
それが現場の現実だった。
人はなぜ思い込むのか
第一印象で判断する。前と同じだと思う。よく読まない。経験で補ってしまう。
――全部、人間の性質だ。逆に言えば、どんなに優秀な人でも同じ罠にはまる。
だから私は思う。
思い込みを無くすことはできない。これは永遠のテーマだ。
でも、思い込みが起きても、間違いにならない仕組みは作れる。それが唯一の現実的な答えだと、現場は教えてくれた。
結び
あの上司は多くを語らなかった。だが、あの一言はいまも残っている。
人を責めるより、仕組みを直せ。
現場を離れた今でも、私はこの考え方を大切にしている。60代になって振り返ると、あの言葉が仕事の軸になっていたと気づく。管理する立場になってからも、部下のミスより仕組みの穴を先に探すようになった。
人は思い込む。だからこそ、考え続けるしかない。

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