マクドナルドでコーヒーを頼んだ。180円。ガストではドリンクバーで何杯か飲んだ。439円。
大してうまくもない。でも安すぎるから文句を言う気にもならない。
そもそもコーヒーに興味がない。お茶ばかり飲んでいる。スーパーの2Lで100円のやつ。
ただ最近、ふと思った。コーヒーが好きじゃないんじゃなくて、うまいコーヒーを飲んだことがないだけかもしれない。
50年前、いい香りだけは覚えている
50年くらい前、知人がコーヒーに凝っていた。家に行ったら、フラスコみたいなガラス器具にアルコールランプで火をつけて、なにやら真剣にやっている。
理科の実験にしか見えなかった。
飲んではいない。でも、いい香りがしたのは覚えている。あれは「サイフォン」という器具だったらしい。
50年前のあの香りが「うまいコーヒー」だったのかどうか、今となってはわからない。ただ、マクドナルドやガストのコーヒーとは明らかに違う匂いだった。
製造業の「3M」で考えると、安いコーヒーの正体がわかる
製造業には「3M」という考え方がある。品質を左右する3つの変数だ。
Machine(マシン)= 抽出器具
マクドナルドは業務用の全自動マシン。ガストのドリンクバーは粉末をお湯で溶かす機械。どちらも「大量に・早く・均一に」を目的にした機械だ。50年前に知人が使っていたサイフォンとは、そもそもMachineが違う。
Material(マテリアル)= 豆
大手チェーンは大量仕入れで安い豆を使う。専門店は産地や品種を選ぶ。焙煎日から逆算して出すところもある。Materialが違えば、味が違うのは当たり前だ。
Method(メソッド)= 淹れ方
全自動マシンのボタンを押すのと、湯温や抽出時間を手で調整するのでは、Methodがまるで違う。手間をかけた分だけ、変数をコントロールできる。
マクドナルド180円、ガスト439円。安い理由は明快で、3つのMを全部「安く・早く・大量に」に最適化しているからだ。味はそのトレードオフでしかない。
じゃあ自分で実験するか?——いや、しない
3Mの話を書いていたら、ちょっと面白くなってきた。
豆を固定して器具だけ変える。器具を固定して湯温だけ変える。ひとつずつ条件を変えて結果を見る。製造業でずっとやってきた「最適条件の探索」と同じだ。コーヒーは嗜好品じゃなくて、実験だ。
サイフォンなんか買ったら、完全に理科室だ。
でも冷静に考えると、器具を買う気はない。モノが増えるのが嫌だ。そもそもサイフォンなんか買わなくても、台所を見れば代用できるものがある。茶こしでお湯を注いで濾せばフレンチプレスに近いし、急須にコーヒー粉を入れれば浸漬法になる。キッチンペーパーをマグカップに被せれば即席ドリッパーだ。小鍋で煮出せば、トルコ式コーヒーと呼ばれる世界最古の淹れ方になる。
家にあるもので「Machineの変数」を変えられる。製造業で言えば、専用機がなくても汎用機で試作するようなものだ。
面白そうだとは思う。でも、やらない。
音楽も聴きたい。映画も観たい。ギターも弾きたい。ブログも書いている。60代でやりたいことは山ほどあって、時間が足りない。コーヒーの実験まで手を出したら、何もかもが中途半端になる。
食わず嫌いだったのかもしれない
マクドナルドとガストのコーヒーしか知らないのに「コーヒーに興味がない」と言い切っていた。でもそれは、180円と439円のコーヒーしか飲んだことがないだけだ。
世間一般では食わず嫌いというが、俺の場合は飲まず嫌いだ。
コーヒーの香りは好きだ。50年前のあの香りは、まだ記憶に残っている。飲んでいないのに覚えているくらいだから、嫌いなわけがない。
自分で淹れる気はない。でも妻が面倒を見てくれる余裕があれば、そばで見ていたい。フラスコにお湯が上がっていくのを眺めて、あの香りに包まれる。それだけで十分だ。
50年前、知人の家で見たあの光景。自分は飲まなかったけど、あの時間は悪くなかった。
コーヒーは飲むものだと思っていた。でも、見て、香りを楽しむものでもいいんじゃないか。
60代、楽しみ方は人それぞれだ。
まずは豆を1袋、買ってみるか
自分では淹れない。器具も買わない。でも豆だけ買って「これで淹れてくれない?」と妻に頼んでみるのはアリかもしれない。
妻は面白がってやるかもしれない。だめもとで頼んでみよっと。
50年前のあの香りが再現できるかどうかはわからない。でも、スーパーで2Lのお茶を買うついでに、コーヒー豆を1袋カゴに入れるくらいなら、大した手間じゃない。
食わず嫌いは、食ってみないと終わらない。
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