製造業40年・60代の俺が職場で覚えた違和感まとめ——8つの場面から

違和感

俺は製造業の現場で40年やってきた。
入社した頃は、何にも違和感がなかった。

「上が言うから」「みんなそうしてるから」「これが普通だから」
そういう言葉で、自分の中の「あれ?」を押し殺してきた。

気づけば、自分が「染まった側」になっていた。
若い社員に「これがうちのやり方だ」と説明する俺がいた。
皮肉なものだ。

定年してから、ようやく違和感を言葉にできるようになった。
時間が経って、距離ができて、見えてきたものがある。

これから書く8つは、すべて俺が職場で感じてきた違和感だ。
60代になった今、書けるようになった。
若い頃の俺に届けたい気持ちで書く。


① 何も聞いちゃいけない職場で、人は仲良くなれるのか

ハラスメント対策で、職場の会話が消えていく。
「家族のことは聞くな」「年齢を聞くな」「休日の予定を聞くな」
守るべきものは守ろう。それは分かる。

ただ、人と人が出会って、何も聞けない関係で、信頼は育つのか。
毎日顔を合わせる相手のことを、何ひとつ知らないで仕事を進められるのか。
俺はそこに違和感を覚えてきた。


② 「100メートルを10秒で走れ、正社員!」

全員に同じ成果を求める職場。
速く走れる人もいれば、コツコツ続けるのが得意な人もいる。
製造業の現場で40年見てきたが、それが当たり前だった。

ところが「正社員なんだから」「同じ給料もらってるんだから」
そんな言葉で全員を同じ枠に押し込もうとする職場がある。
適材適所を無視した先に、何が残るのか。


③ 「あいつ、また休んでる」と思っていた自分の後悔

若い頃、よく休む同僚を「やる気がない」と決めつけていた。
「俺は休まず来てるのに」と、心のどこかで責めていた。

でも今になって思う。
あの人は、何か事情があったのかもしれない。
俺が見ていたのは、ほんの一面だった。
「休む」を責める前に、知ろうとするべきだった。


④ 出会い頭の事故のような”不良品”が生まれる瞬間

製造業の現場で40年、不良品を見続けてきた。
不良品は、誰かが手を抜いたから生まれるとは限らない。
むしろ「ちゃんとやっているのに」生まれることが多い。

原因の半分は、企画や設計の段階で決まっている。
現場の人間が悪いんじゃない。
仕組みが悪いんだ。
これは現場40年で身に染みた違和感だ。


⑤ 「投げるな」「いい会社に入れ」——言われ続けて生きてきた話

親や周りから「正解」を渡され続けてきた世代だ。
「投げるな」「勉強しろ」「いい会社に入れ」
そう言われて、その通りにしてきた。

正解を渡される側から、いつか正解を渡す側になった。
俺の子供にも、同じことを言ってきた。
染まる、というのは、こういうことか。
60代になって、ようやく気づいた違和感だ。


⑥ 好きと得意は別物だった。40年働いて気づいた

「好きを仕事に」は本当に正解か。
俺は40年働いて、好きじゃないことを続けてきた。
でも、得意なことではあった。

好きと得意は、別物だ。
得意なことは、淡々と続けられる。
好きなことが、必ず続けられるとは限らない。
若い世代に「好きを仕事に」と気軽に勧める前に、伝えたいことがある。


⑦ 定年後、会社は「世間につながる場所」だったと気づいた話

働いている間は、会社が嫌で仕方なかった日もある。
「早く辞めたい」と思った日もある。

でも辞めてみて気づいた。
会社は「世間につながる場所」だった。
同僚、上司、取引先、社外の人。
そういう人たちと毎日会えていたのは、会社のおかげだった。
失ってから分かる、というやつだ。


⑧ 定年後の暇は怖くない。退職する前から練習していた

「定年後、暇で困った」という人がいる。
俺は、そうならなかった。
退職する前から、ひとり時間の過ごし方を練習していたからだ。

仕事だけが人生じゃない、と頭で分かっていても、
現役のうちに練習しなければ、急にはできない。
備える人と備えない人の違いは、60代になってはっきり出る。
これも、現場40年で見てきた違和感のひとつだ。


次回は「人間関係」の違和感をまとめる

ここまで書いてきた8つは、職場の違和感だけだ。
俺の違和感は、まだまだある。

次に書きたいのは「人間関係」の違和感だ。
定年後の男友達、気の合うやつ、気を使わなくていい場所——
そういう話を、近いうちにまとめる。

違和感ラボは、これからも続く。
俺の中の「ちょっと待て」を、丁寧に言葉にしていく。

染まりかけた60代の俺が、若い世代に伝えたいことだ。
押し付けじゃない。
ただ、こういう見方もあるよ、と。

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